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第2回広域セミナー開催報告(2008/2/14)

※ はてなdiary終了につき、こちらに移します(2019/1/22)

日本の地質学者はいつから愛を失ってしまったのか?

講師:磯崎 行雄(地球科学)
日時:2008年2月13日(水)16:30~18:00
場所:15号館4階 409

学問の研究分野が細分化されており、その分野ではスペシャリストなのだけれども、全体が見えにくくなっていませんか。自分がどこにいるのか見えている研究者、あるいは自分の分野において、何が重要なテーマであるのかを理解し、それにチャレンジしている研究者は果たしてどのくらいいるのでしょうか。

今回のセミナーでは磯崎先生が、研究者の研究に対する「愛」について、専門の地球科学を例に、お話してくださいました。

  1. 愛の深さは数値で測れるのか?
  2. 愛をパラダイムで測れるのか?
  3. 日本の地質学の歴史 磯崎先生の研究について
  4. 忘れかけた愛を取り戻すには?

「大学に来てとりあえず生活はしているけれども、必ずしも知的+αを生む研究をしていない。」

「パラダイムシフトを起こすような研究はともかくとして、科研費をもらえるような研究をしなくては。」

「学会の流行に反するような論文は書いても掲載されない。」

そう考えている貴方は、目の前の研究だけにかまけていて、研究そのものに対する「愛」を失っていませんか?

今回は、前回とは異なり、途中で口出しOKのディスカッション形式にしてみました。机は中央にあるお菓子台のみ。

第二回広域セミナーの始まりです。

愛の深さは数値で測れるのか?-被引用論文数

貴方の研究の値打ちは、どのように評価されるのでしょうか。よく取り上げられるものとして、自分が書いた学術論文が、他者に何回引用されたのかによって判断するcitation index、影響力のある学術誌にどのくらい掲載されたかによって評価するimpact factor、さらには、論文数と被引用回数を同時に考慮してつくった指標であるh-indexなどがあります。ほかにも、たとえばアメリカでは研究費獲得金額、生徒による授業評価などによる評価もあります。これらによる評価は、近年外部へ公開される風潮が強くなり、望めば自分の先輩や先生が学問の世界でどのくらいのランクにいるかを簡単にチェックできる世の中になっています。学内からチェックできるものとしてはThomson science watch のWeb of scienceなどがあります。ちょっと見てみましょう。

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図1は磯崎先生がWeb of Scienceに登録された国際誌に発表した論文の被引用回数です。やり方は以下の通り*1。左のグラフは「各年に書いた論文の数」を、右はそれらの論文が「各年に何回引用されたか」を表します。これを見ると、先生が国際的にどのように影響力をもつのかがわかります。これを見ると、『先生の論文は発表後10年以上たっても引用されているのか』ということもわかったりして、論文頻度以外にも、様々な見方をして遊ぶことができます。その横にh-indexがあります。これは論文数と被引用回数を同時に示す指標で、h-indexが14ということは、14回以上引用された論文が14本ある、ということです。

この「何回引用されたか」ということで評価することは、他分野との規格化が結構難しい問題です。なぜかというと、まず、論文を出す頻度や、論文一本の影響力が、分野によって全く異なるからです。たとえばすぐ記録が塗り替えられたりする分野だと、長い間引用されることはありません。でも地球科学では、長い間データを取って、それで出した一本の論文が何十年も引用され続けるといったことは珍しくないです。だから、図1のような数値化されたデータだけでは、研究に対する愛の深さは測れないのです、というのが先生の結論です。結局、数字で遊んでいてもあまり意味はないというのです。

  • 学生による評価とかも、匿名ではなく、責任を持った評価をしなければいけないでしょうね。いい加減な評価ではなく、きちんとしたものをやっていかなければならないと思います。
  • 学校側も、やはりそうしたデータというのが大事だというので、授業評価とかを始めるようにしていますが、アリバイ作りにならないようにしなくてはいけないですよね
  • そのようなことに先進的な宇宙地球部会では、大学側が発行するものとは別に毎年、授業評価のデータをきちんと出していますよ!(笑)
  • なぜ、宇宙地球専攻はそういうことに積極的に取り組めるのですか?結構他の分野だと、そんなことめっそうもない、とかいう雰囲気があったりしますが。
  • 宇宙地球というか、理論系の分野では結構若い人が理論を作ったりするんですよね。そして作った理論で評価がされる。権威とかそういうものがあまり根強くないからでしょうか。

愛をパラダイムで測れるのか?

次に先生がお話されたのは、「パラダイム(paradigm)」という概念です。これは米国の科学史家であるクーン(Thomas S. Kuhn) が書いた「科学革命の構造」で提唱された概念です。

私たちの知識の量は時間の経過とともに、徐々にゆるやかに増えていくのではなく、階段状に増えていきます。クーンは一気に知識が増える時代を科学革命の時代、緩やかに進んでいく時代を通常科学と呼び、科学の発展はこの二つの繰り返しであると喝破したのです。パラダイムは次世代の研究の方向性を決め、自分の分野だけではなく他の分野にも大きな変革をもたらすものであります。そして、磯崎先生は「同じ科学やっているなら科学革命にかかわってくるほうが断然おもしろいと思う」と続けられます。

地球科学の分野で20世紀最大のパラダイムといえば、プレートテクトニクスです。この概念が出た前と後では、全く考え方が変わってしまいました。これはプレートテクトニクスそのものを研究している人だけでなく、岩石学者、古生物学者、堆積学者など、地球を相手に研究している人の常識や前提を大きく覆してしまいました。都城秋穂さんの『科学革命とは何か』が、地質学におけるパラダイムやプレートテクトニクスがどう受容されていったかを考える上でとても興味深い本として紹介されました。

研究者の値打ちを決める基準は、次世代を切り開くような新しいパラダイムをいくつ創ったかということにあると先生は考えます。しかし、実際どうやってパラダイムであったと評価できるのか。それを図る指標の一例として、「後の時代に教科書に残ることを、どれだけしたか」を考えたらいいのではないかなと思います。教科書と言っても、専門書よりは一般書、さらには高校、中学、小学生向けの教科書となるにつれて、どんどんハードルは高くなっていきます。低学年向けの教科書に載るような仕事ができたら、それはかなりの業績といえるのではないでしょうか。さらに言うのであれば、自分で英語の教科書を書いて、外国でも教科書として採用されるというのも一つの評価であります。先ほどの都城さんなどは、3冊も英語の教科書を残されており、そのような基準で評価されるのも、大事なのではないでしょうか。

近代地質学の最初の教科書にPrinciples of Geology Vol. I-IIIというのがあります。これはかのダーウィンがビーグル号の航海へ持っていき、生物進化を発想する礎を築いたともいわれているものです。そのほかに、William Smithは地質学の父と言われていますが、最近出た彼の伝記The map that changed the world世界を変えた地図)があります。

この本にはわれわれが日常、とりたてて意識することがなく普通であると思っている、地質図を作成するという方法論がどのように作られたかが書かれています。地質図を作成すること自体が、一つのパラダイムだったわけです。

このような話を踏まえて、磯崎先生は、できれば研究者には自分の研究の歴史的な位置づけを理解して研究を進めて言ってほしい、特に、博士号を取ろうとしている学生に、明確にこのような意識を持って研究をしていってほしいとコメントされました。

  • 実際、今のお話を聞いて、博士課程の方、コメントありませんか?実際は無理だよ、とかとりあえず目先のことでいっぱいだよ、とか
  • 私はそもそもチャレンジングなことをしたくて、この大学院に進んだというのがあるので、こういう話は普段自分が考えていることにもリンクすると思います。おもしろくないと研究ではない、という思いがあるので、特に先生のお話を聞いて自分とは距離がある、という印象はないですね。
  • 実感として、博士の3年間というのは、研究者として歩き始めてようやく研究というものがどういうものかわかってくる段階という気がしています。その意味では、磯崎先生の話はなかなかに自分には大それた話のような気がしますが。それでも今後目指していくべきことであると思います。

博士課程の生徒のコメントに対し、確かに、大それた話であるけれども、一人の研究者の研究寿命はせいぜい40年であるから、大パラダイムは無理でも、中くらいのもの、あるいは小さいパラダイムを目指すことは可能だと思う、と先生はコメントされました。つまりパラダイムにも階層性があり、誰々の研究で一気に研究が進んだといわれる、そのような貢献ができるような研究をしたほうがおもしろい、とおっしゃいました。

  • 間違ったパラダイムもパラダイムと言えるのでしょうか
  • 正誤は全く関係ないと思いますよ。その時代をリードする考え方をパラダイムというのだから。そのパラダイムの評価は後の時代がする。大事なのは、今パラダイムを作るような先導的な概念を作れるか、ということです。
  • 先生のお話では、パラダイムを作る人が評価されて、それを検証あるいは追認する人はあまり評価されない、という印象を受けるのですが、むしろそのような人たちによってパラダイムというのがパラダイムと認められるのではないのでしょうか。
  • 僕は通常科学を否定しているわけではないんです。通常科学の積み重ねがパラダイムをサポートするわけであるし。ただ、好みがパラダイムのほうにあるだけで(笑)。どっちがよりイクサイティングかというと、やはりパラダイムの中にいたほうが面白いと僕個人は考えています。
  • パラダイムの中にいるということは、わかるのですか
  • わかると思う。というより、何か変わるぞ、という意識がなくて研究をやっている人はどうかと思うけど。それに何より、自分がやっていることがおもしろい、と思わないと研究に対するパワーやモチベーションはなかなか出てこないんじゃないかな。
  • 何か、話を聞いていてちょっと思うのは、パラダイムってやっぱり作ろうとして作れるものでもないと思うんですよ。
  • そうですね。それはパラダイムをどう定義するかということにもかかわってくるのではないでしょうか。今まで考えられなかったことを、考えられるようになるということがパラダイムではないのでしょうか。たとえばアストロバイオロジーというものが最近出てきていますよね。今まで地球の生物の進化を考える上で、宇宙からの影響というのは一切考えていなかった。でもアストロバイオロジーという考えが出てくることで、今まで目を向けていなかった宇宙へ目が向く。もう少し考える範囲は大きいんだなと感じる、考えの自由が広がる。それもパラダイムだと思います。
  • その、今まで目を向けていなかった、というものにしろ、単に違う角度から見てみましたというトンチに近いものも含まれるじゃないですか。そういうのとパラダイムはちょっと違う気がするのだけれどなあ。やはり論理的に説明ができるものをパラダイムというべきなんじゃないかなと。奇抜で単発的なアイディアだけではなく、論理性を重視したものが大事だと。

日本の地質学の歴史 -磯崎先生の研究について

日本の地質学の歴史は明治から始まります。明治初めは、ナウマンに代表されるお雇い外国人教師に「教えてもらう」という時代であって、日本人が世界に問いかけるパラダイムを作るというまでには至っていませんでした。ちなみにこのナウマンはドイツの大学を出たての23歳。野心に燃えてはるか異郷の地である日本にやってきたとのことで、年収はいまの相場で約一億円程度だったとか。時代が大正、昭和と下るにつれ、ようやく日本での教育体系ができはじめ、1941年小林禎一さんが初めて日本列島の形成史を、日本人の手でまとめるという記念的なことへとつながります。

その後、日本列島の形成史の研究は1991年に磯崎先生たちが付加型造山帯の一般的成長プロセスという形で提案、パラダイムを出します。それから10年以上たちますが、また次のパラダイムは出てきていないそうです。「そろそろ次が出てきてもいいころかなと思ってはいるんですが」。

  • パラダイムが必要、あるいはまだ説明できていないことってあるのですか
  • 90数パセーントは説明できるけれど、まだわからないというところはたくさん残っています。

日本列島は地質が複雑で、みかけ帯状の岩石/地層の配列がみられます。中央構造線などを境として石の種類/年代が違ったりしていて、これをどう説明するか、というのが日本列島形成史の重要な問題でした。プレートテクトニクスという概念がなかった時代、地向斜という考え方が主流でありました。たとえば、山の上からもともと海の底にあったはずの二枚貝とかが見つかるとします。そうすると、プレートテクトニクス以前の学者は、その場所は昔海であって、その海で堆積した地層が、後の造山活動によって盛り上がって山脈となったのだ、と考えました。つまり、縦方向にだけものが動くと理解し、横に動く(プレートテクトニクス)という概念はありませんでした。地向斜の考えは欧米で進められ、日本にもそれを当てはめたのが、前述の小林さんです。しかし、この考えでは、いろいろな溶岩や堆積岩とかが日本の至る所に分布すること、さらにはもともと日本になかった岩石があることなどをうまく説明できませんでした。

しかし、プレートテクトニクス概念が生まれ、海側のプレートが横に動き、大陸の下へ沈み込むことで、プレートの上に乗っかっていた、海底で蓄積されたプランクトン主体の堆積物や、大陸起源の堆積物が陸に押しつけられて「付加体」として蓄積していくことが明らかになりました。そして、1980年代初頭には、日本列島の表層地殻の80%は過去の付加体からなることが解明されたのです。つまり、我々は今現在、昔海の底でできた付加体の上に住んでいるということになります。

この考え方は従来の地向斜とは全く異なる考え方です。かつての地向斜説では、堆積物が海底にたまり、それがやがて盛り上がって山になるわけですから、当然、新しい地層ほど上に産するはずです。しかし、プレート沈み込みで付加体が形成・蓄積されるという考え方では、新しい付加体が、古い付加体の下に潜り込んでぐいぐいと押し上げるわけですから、下に行くほど新しいものになります(図2 礒崎先生HPより)。

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この考え方によって、見かけ上「新しい地層の上に古い地層が産する」状況を、わかりやすく説明ができるようになったのです。

この付加体という考えの解明に重要な貢献をされたのが、松田哲夫さんという方で、この方が磯崎先生の実質的な指導教官だったそうです。彼は過去の付加体の内部構造を微化石を用いて解析する方法を確立しました(図3 礒崎先生HPより)。

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  • 同じ種類の付加体でも年代が違うということはわかるのですか
  • 同じ石だけれども、違う年代であるということは、従来は化石とかで決めていたのですが、化石がでないことがある。そこで放射性年代マッピングという手法を開発したのが僕らの仕事でもありました。
  • 年代が違うというのは、つまりその色分けの境界はかなり明確なものなのですか?
  • 付加体ができる時期とできない時期というのは、わかれているので、区切ることは可能です。

この研究は、たまたま私たちが住んでいる日本列島がどのように形成されているのかということだけを明らかにしただけでなく、大陸がどのように成長するのかという一般的過程を発見したということでした。この研究によって、太平洋の反対側にあるカリフォルニア、オーストラリアの東海岸でも同様に大陸縁がどう成長したのかを説明できるようになったわけです。さらに、もともと地球になかった大陸がどうやって今まで増えてきたのか、また今後どのように成長するかもわかってきます。七億年前に超大陸が分裂し、その後広がった太平洋の海洋プレートが環太平洋の大陸の下に沈み込んで日本列島などが成長しました。それが今後、5000万年くらいすると、日本列島にオーストラリアがぶつかります。2.5億年後には北米大陸がぶつかって太平洋がなくなって、日本はなくなります。次の超大陸の名前もちゃんと考えてあります。AsiaとAmericaがぶつかるので、Amasiaと言います。そのようにして太平洋が閉じる代わりに、今度は大西洋が広がっていきます。結局地球の大陸移動というのは、太平洋が開いて超大陸ができて、次にそれが閉じて大西洋が開いて超大陸ができて、というのを繰り返しているということではないかと言われています。

忘れかけた愛を取り戻すには?

最後に、何点か先生からのコメントがありました。愛のある研究のためには、その分野における重要な研究テーマを取り上げて、新しいパラダイムの確立を目指して研究することが重要である。データをでっちあげたり、他人のアイデアを盗むのはもってのほかだが、そうでなくても本質的に他人のやっていることと同じことを繰り返すのでは下品である。研究者の品格というのを考えなければならないのではないか、とおっしゃいました。

研究者寿命ということを考えると、大体、30~40代の人が自分でパラダイムを作るようなデータを出していき、50代になったら、今度はもう少し次元の高い視点からの研究をしてほしい。それは、それまでの研究成果を体系化することであったり、次世代の研究の方向性を予言するものであるだろうとおっしゃいました。

あと、やはり研究をする上で不可欠なのは、自分にとっての良い師匠(メンター)に出会うことだとコメントされました。ああいうふうになりたい、と思えるような存在、つまり憧れの対象の存在は大事です。また将来の自分に何かを与えてくれる人物を正確に見抜く能力は極めて重要です。

  • 日本は科学労働者、研究者はいるけれど、学者は少ないのではないかなと思うのです。新しいことを言い出すと非難されたり、馬鹿にされたりする。あるいは、おもしろいことをやっている人正当な評価を得られなかったりする。
  • 危ない論とかリスクはおかさない、という風潮が強いのかもしれないですね
  • それは、危ない論は言えないということなんですか?
  • というより、言ってもしょうがない、というかんじかな。言ったって聞いてもらえないし、変わらないしというような。
  • でも科学研究はそれに負けず新しいパラダイムを出せる、チャレンジングなものだと思いますね。その意味でも、やはり積極的にいろんなことを吸収して一つの分野に閉じこもっているのはもったいないと思います。
  • それは、大学教育の中で行われるものなのでしょうか。それとも、自主的にたとえばこういうセミナーに出てこないとダメというものなのでしょうか。
  • 大学のセミナーとか授業とかだけではない気がします。たとえば知的刺激を受ける人がいるというのはとても大事なことです。ちょっと話しただけでもアイディアがもらえたり、考えさせられたりする。ただ、そういう人が大学から消えている気がする。論文を大量に書かなくったって、おもしろい人だっているのにね。一般に受ける人と、むしろ玄人受けしそうな人だっているわけだし。
  • 最近は論文を書くにしても、量を多くとかそういう方向に動いていますよね。
  • 論文で評価ってのいうのがやはり主流になっていますからね。しゃべってなんぼ、というような。
  • しかし、だからといって、論文を書かなくていいというわけではないですよ。いわば論文を書くというのは必要条件であって、愛さえあれば論文を書かなくてもいいんだ、と言っていられる時代では、やはりもはやなくなっているでしょうね。そこは若い人に誤解を与えないようにしないと(笑)
  • それにまあ、書くことによって考えるし、考えがたまってきたら書かないと次のステップに進めないというのもありますしね。
  • 論文とその影響ということを考えると、科学者の寿命はインパクトをどれくらい与えるかでかなり長くなってくるものかもしれませんね。

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参考資料

*1:学内でWeb of scienceにアクセスし、author finderで、調べたい著者名と、所属していた大学名をチェックします。そうすると、論文のリストが表示されるため、右上にある”create citation report”をクリックします。基本的には、これで調べたい人の論文数や被引用回数などが図化されます。